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2008年04月28日 坊田遺跡 発掘調査かわら版 4月26日

三宅村伊豆地区の坊田遺跡では2008年4月26日から考古学・火山学による発掘調査を行ってます。
坊田遺跡は、これまでに3回の発掘調査が行われ、弥生時代中期(およそ今から2200年ぐらい前)の遺跡であることが分かっています。私たちの調査は、弥生時代の人々の暮らしぶりを明らかにするともに、「平山での噴火」で埋もれていると言われているこの遺跡を調査し、過去の災害状況を研究するための学術的な調査です。
 坊田遺跡の調査の歴史
 坊田遺跡は昭和30年代から発掘調査が行われてきました。最初に発掘調査を行ったのは明治大学の後藤守一博士です。伊豆諸島の歴史・文化を研究する中で、三宅島に立ち寄り、簡単な発掘を行いました。その数年後に、本格的な発掘調査が同じく明治大学の大塚初重先生により行われました。昭和40年代になると当時三宅高校の社会科教諭であった橋口尚武先生が精力的に三宅島の遺跡を歩き、三宅島に縄文時代から人々が住んでいたことを明らかにし、ここ坊田遺跡も発掘調査を行いました。今年2008年は、大塚初重先生の調査から50年、橋口尚武先生の調査から35年という節目の年になります。
 4月26日の成果
 調査の初日の今日は、まずどこを掘るかを決定することから始めました。今回の発掘調査はおよそ8.5m×3.5mの大きさを掘ることにしました。私たちと三宅村シルバー人材センターのみなさんが力あわせて、スコップを振り、およそ50cmほど掘り下げました。まだまだ、弥生時代の土器や石器などは出ませんが、いくつかの発見がありました。
新島軽石

発見1:9世紀の新島での火山爆発の火山灰が検出されました。

真ん中の白いものが火山灰です。調査区内で広く確認されました。
調査地

発見2:大塚初重先生・橋口尚武先生の調査地点が判明

  過去の発掘調査の図面と照らし合わせて、該当する掘り込みを確認しました。写真上の区画が橋口尚武先生の調査地点の一部です。35年ぶりに顔を出しました。下の区画は大塚初重先生の調査地点の一部です。こちらは半世紀ぶりです。

 4月27日の調査内容
1. 引き続き、表土(耕作土)の除去作業を行います。
2. 9世紀の地層の発掘を行います。
3. 大塚初重先生・橋口尚武先生が調査された部分を、先に掘り、地層の堆積状況を検討します。

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